Stellar Calendar

🚬ひといき🚬

料亭の門をくぐると、少し肩の荷が下りた気がした。
「……ふぅ」
足を止め、空を見上げる。
と、俺を取り巻いていたヤツらもピッタリと足を止める。
(……影法師じゃないんだから)
思わず、眉間に皺が寄るのがわかる。周りを取り巻く俺の舎弟やら親父の子分やらで、立場上、そうしなければならないってのは理解できるが、鬱陶しいことこの上なかった。
「――若、眉間に皺、寄ってますよ?」
と、一定距離を保っているそいつらの中から、抜け出てきたひとりが、俺へと近づく。
「威厳を保てって、いつも言われてるっしょ?」
「――伊藤 」
ニコニコとうさんくさい笑顔を貼り付けたそいつ……伊藤は俺の前までやってくると、ポケットからタバコの箱を取り出す。
「うちは、他の組よりも上下関係が厳しいって有名ですから。ここはどーんとふんぞり返ってないと。――はい、どうぞ」
上下関係が厳しいと口にした当の本人は、馴れ馴れしく箱から取り出したタバコを差し出してくる。
「――いや」
首を振って不要だと、言われたとおりふてぶてしく意思表示をしてみせる。メンツのために吸ってみせることはあるが、苦みのあるタバコの煙は好きではなかった。
「まあまあ、遠慮せずに。……ね?」
が、伊藤はニコニコと笑ったまま、箱から出ているタバコを掴んで、俺の口に無理矢理突っ込んでくる。
「……っ」
そして、流れるような動作でライターを取り出すと、驚愕する俺に火を差し出す。
ここまでされては、「要らない」と突っぱねることもできない。仕方なく、身をかがめて差し出された火でタバコの先端を煽る。
と、俺だけに聞こえる小さな声で伊藤が囁いた。
「俺がなんとかしますんで、若は気分転換に散歩でもどうぞ」
「……!」
びっくりして伊藤を見ると、伊藤はニコッと笑みを深める。
「今夜の会合、親父さんの代わりを立派に務めたんですから、十分役目を果たしたじゃないですか」
「………………」
伊藤の提案に心が揺れる。けど、踏ん切りはつかない。視線を泳がせる俺に、伊藤が続ける。
「それに、今日は若の誕生日でしょう? それぐらいの『ヤンチャ』は許されますって」
再び、伊藤を見る。すると、伊藤はまっすぐにこっちを見据えてきた。
「誕生日なんだから、楽しんできたらどうです? きっと、いいこと、ありますって」
伊藤は昔からの顔馴染みを通じて知り合った舎弟で、人の懐に入るのが上手いヤツだった。
(懐には入り込んでくるが、ずけずけと踏み込んではこない――)
アウトになるラインはしっかり見極めていて、その線を越えることはないし、周りに越えさせることもない。
なら、今、ふらりと散歩に行くのは伊藤としてはセーフ判定なのだろう。
(……なら、いいか)
身を起こして空を見上げると、咥えていたタバコを指に挟んで口の中の煙を吐き出した。
「――わかった」
そう呟いて、火がついたままのタバコを伊藤に差し出すと、いつの間に準備したのか、伊藤が携帯灰皿でそれを受け止める。
ギュッと押しつけて火を消し、俺はタバコと伊藤を残して歩き出した。
「若……!?」
俺の行動に、後ろでざわめきが起きる。
「まあまあ、いいじゃないですか。後のことは任せると若からのお達しです」
そして、それをなだめる伊藤の声。
(任せて大丈夫そうだな)
そう判断して、俺は歩き出す。もう振り返りはしなかった。

「………………」
『サンライズ』の前に立ち、ガラス越しに灯りのともる店内に目を眇める。
中で、彼女が客席のテーブルを拭いているのが見えた。
時間を確認すると、まだ営業時間内だ。
(いや、ラストオーダーは過ぎてるのか?)
入るかどうか迷っていると、顔を上げた彼女と目が合う。遠目に彼女が息を飲むのがわかった。
それから、彼女は慌てて店の奥へと消えていく。
(俺から逃げたんだろうか……?)
彼女に限ってそんなことはないと頭では理解しているが、少なからずショックだった。
(……帰るか)
その衝撃を受け流すのは難しそうだったので、小さくため息をついて、きびすを返す。
と、背後でドアベルが鳴る音がした。
「……?」
振り返ると、開いた店の扉から彼女が飛び出してきたところだった。
彼女は俺の前まで駆け寄ってくると、手に持っていたものを勢いよく差し出す。
「これは――?」
視線を落とすと、それは可愛らしくラッピングされた小袋だった。戸惑う俺に、彼女は俺へのプレゼントだと笑う。
「俺に……?」
尋ねる言葉は怪訝そうな響きになった。どう考えても、この可愛らしいラッピング袋と俺とは不釣り合いだからだ。
そんな俺に、彼女は続ける。俺の誕生日だから、クッキーを焼いたと。
「……覚えていたのか」
彼女はもちろんだと、満面の笑みでうなずいた。
「――そうか。ありがとう」
礼を言って、彼女の手から小袋を受け取る。
小袋はほんのりと温かい。
その温かさは、手のひらを通じて心にもじんわりと広がっていくのだった。

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