Stellar Calendar

反骨精神溢れるロックシンガーも、時には世界平和を歌い出す。それぐらい、汝、隣人を許して仲良くしましょうってのは、大事なことなんだろう。
けど。
「そんなの知るか、バーカ」
苛立ちのまま吐き出すと、シャーペン片手に五線譜やノートと向き合ってた玲央がびっくりした顔をしてこっちを見た。
「どうしたの?」
がまるでオトウトやイモウトに声かけるように尋ねてくる。耳に心地よい声だと認めながらも、ガキ扱いにムカついてイライラが募った。
「――ぶっ殺してやりてぇ」
視線でヒトの頭をぶん殴れないかな、なんて睨みつけてたら、俺自身が隣の玲央からどつかれた。拳を使った物理攻撃で。
「物騒なこと言うな」
「痛い」
「たんこぶできた? 冷やした方がいい? 彼女におしぼり、頼もうか?」
「絶対やめろっ」
聞き分けがない子の世話を焼くがごとく、がとんでもないことを言い出したので、ほっぺたをぎゅーっと引っ張って止める。
「……ああ、そういうことか」
そんな俺を見て、玲央が納得したといった様子でうなずいた。
「嫉妬してんだな、オマエ」
「……っ!」
カッと顔が熱くなる。玲央は答え合わせオッケーとばかりに俺が睨んでいた方向を見た。
そこには、まだ彼女に絡んでいるクソうざい漫画家の姿がある。多分、ネタだしに困ってるとかなんとかテキトーな口実をつけて、彼女を引き留めているんだろう。
「……クソッ、さっきより近いじゃねーか。やっぱ、ぶん殴る」
椅子を蹴って立ち上がろうとすると、慌ててに押し止められた。
「ステイステイ、落ち着いて」
「落ち着いてられっか!」
「水、頭からぶっかけられたくなかったら落ち着け。回り回って困るのは、オレたちじゃなくてアイツだぞ」
玲央も立ち上がって、椅子に座らせようと俺の肩を抑えてくる。クソ鬱陶しいと思いつつも、ヒートアップした頭が『彼女が困る』的な内容を拾い上げたので俺は動きを止めた。
「…………わかった」
ぼそっとそれだけ吐きだして、ストンと椅子に座り直す。ムカつくけど確かに玲央の言う通りで、職場で彼氏が暴れたら困るのは彼女だった。
しかも、俺の頭を冷やすためにぶっかけられた水を掃除するのも店員である彼女だ。
(後片付けなんて、バイトにさせときゃいいけど……。どうせ、彼女も手伝うんだろうし)
そういうとこも好きだけど、そういう優しい彼女だからこそ身勝手な振る舞いをしてると、幻滅されるかもしれない。あり得ないこと――だと思いたいけど、ここで感情のまま暴れて、『お別れしましょう』なんて言われた日には立ち直れない。
「暇だった?」
全体重を背もたれに預けて、ずるずると沈んでいく俺を見て、が困ったように笑う。
「……暇。どんな曲にするかとか、誰が歌詞つけるのかとか、デモの日程がどうとか興味ない」
さっきからふたりとも難しい顔でバンド活動の話ばっかりしていて、歌えりゃ満足の俺としては非常に暇だった。
手持ち無沙汰な意識は店内に向けられ、視線が彼女を探すのは当然の摂理だと言える。
でもって、見ていると彼女には不埒な輩が、数多くつきまとってると実感する。
たとえば、この店のバイトだとか、さっき言い寄ってた漫画家を名乗る男だとか。厳つい顔のヤクザっぽいヤツや他の女連れてこの店で臆面なく口説いてるってのにわざわざ彼女を呼び寄せて追加オーダーする下心丸見えなヤツまでいる。
「……いや、ちょっと待って。追加オーダーに下心も何もないでしょ。あそこの彼は話が長引いて珈琲がなくなったからおかわり、頼んだだけだよね?」
「長引く話なら最初からどでかいカップで頼んどけよ。大和さんなら対応してくれるだろ。っていうか、何、俺の思考、読んでんの?」
「八つ当たりすんな。オマエが口から呪詛のように文句吐いてるからだろ」
「マジで? 俺、ダダ漏れだった?」
玲央に突っ込まれ、びっくりする。思わず、テーブルに手をついて沈みかけてた身体を起こすと、がやれやれと肩をすくめた。
「自覚なし? ミーティングは別の店ですればよかったかな」
「ここがいい。他の店だと、彼女いないじゃん」
「いるから、オマエが意識逸らして暴走してるんだろうが」
玲央は俺にデコピンして、それから、そのしかめっ面を苦笑いに変えた。
「しかし、なんだかんだと続いてんのな。オマエら」
「――当ったり前だろ」
まるで続いてる方がおかしいみたいな言い草だったので、俺も顔をしかめてふんと鼻を鳴らした。

俺が彼女に告白したのはおおよそ9ヶ月前。
「俺のこと、嫌いじゃないなら付き合って」なんて、ズルい言葉で彼氏の座を手に入れた。
『嫌われてない』ことは知っていたから。
彼女が『優しい』ことも知ってた。
きっと、断らないだろう、そういう目算。
計算通り、彼女はうなずいてくれて、後は距離を縮めつつちゃんとした恋を育てるだけってわけ。

(……で、ちゃんと恋心、育てられてるはずなんだけどなぁ)
一緒に過ごした日々を思い返し、俺は長い長いため息をつく。
彼氏、彼女としてデートもした。手も繋いだ。ちゃんとキスもした。それ以上のことも――。
(でも――まだ言われていない言葉がある)
と、睨みつける勢いで見つめていた視線の先で、彼女が俺を振り返る。
「……っ!」
ビクッと身体が震えて、息が止まった。
「………………」
どう反応していいのか迷って、とりあえず片手を挙げてひらひらと振ってみた。
すると、彼女はにっこり笑って俺に向かってひらひらと手を振り返してくれる。
「……っ!」
胸ん中いっぱいに嬉しさが広がっていって俺を幸せにする。
「あーあ、いい顔しちゃって」
「機嫌が直って何よりだよ」
呆れる玲央の言葉も、苦笑いを浮かべるのことも、今はどうでもいい。
もう一度、コンタクトを取りたくて手を振ろうとした時、店の奥から大和さんが出てきて彼女を呼んだ。
彼女の視線は俺から逸らされ、代わりに大和さんをじっと見つめる。
「――ぶん殴りてぇ」
「やめろ」
玲央が今度はシャーペンのお尻でおでこをつついてくる。
「さっきから痛い」
「オマエが馬鹿な事言うからだろうが。どう見ても普通の業務連絡だ」
「……わかってるけどさ」
俺だって頭ではわかってる。店長と話をするのも、客の相手をするのも、彼女の仕事。理解はしてるけど、感情が燃えあがって頭で保持していた理性をも消し炭にする。
って、彼女に対してクールな顔、して見せるのにね」
「ああ、実際は嫉妬しまくり執着しまくりでドーロドロ。アイツ、オマエのその顔、知ってるのか?」
「……うるさい」
「あ、やっぱり隠してるんだ?」
「ちゃんと見せておいた方がいいぞ? ギャップ萌えなんて逃げ道あるのは、付き合うまでだからな」
「うるさいっ」
ごちゃごちゃ心配なのか説教なのかわからない言葉を交互に投げかけてくる玲央を一喝する。
(……俺だって、ちゃんとありのままの俺で彼女と向き合いたいっての)
でも、嫌われたくないから。
少しでも格好いいとこ、見せたいから。
彼女の前に立つと、気取った態度や言葉で武装してしまう。
「まったく……。そんなオマエが『愛してる』だの『大好き』だの、恋人に愛を囁いてる姿なんて、想像できないぜ」
「……囁いてないし」
いやーなところを突かれて、胸の中にはびこってる嫉妬とは別のモヤモヤが膨れ上がる。
「え?」
「付き合ってんのに?」
ものすごくびっくりしたという顔で玲央がこっちを見る。だから余計に腹が立った。
俺はテーブルに頬杖を突くと、胸の中からあふれ出したやーな気持ちをため息に変える。
「俺だって言われてないし。なら、俺も言わない」
「いや、それは言えよ」
「……下手なこと言って、重いって引かれたらやだし」
大切な想いだからこそ、拒絶が怖い。でも、俺はちゃんとした言葉が欲しい。気持ちの確約を求めてる。あべこべだ。
眉間に皺が寄るのを感じる。皺が深く刻まれすぎて、多分、梅干しもびっくりなぐらいしわしわになってるだろう。
「彼女だって、が言わないから言い出せないのかもしれないよ? 案外、ふたりとも同じ気持ちなのかもね」
「………………」
の言うとおりだ。だいたい、愛は叫んでこそだぞ?」
「……叫ぶ言葉がわからない」
「なら、歌えば?」
「……!」
割って入ってきたを振り返ると、は珍しく強気な――挑むような目で俺を見つめた。
「だから、俺たちは音楽、やってるんじゃないの?」
「………………」
すごくまっとうかつ俺の中でストンと落ちる言葉を投げかけられ、俺は返す言葉を失ってしまう。
むすっと黙り込んでると、の表情が和らいだ。
「……次の曲、が歌詞、書いてみる?」
「作詞、苦手」
感情を形にするのは難しくて、俺が担当する時はいつも唸りながら言葉、ひねり出してる。
しかも、できあがるとすごくクサい内容になってて「ウゲー」ってなるまでがワンセット。
(実際、歌えば気持ちが乗って気持ちいいんだけどさ)
「欲しい言葉があるなら、自分から行動しねぇと手に入んないぞ」
「………………」
「求めよさらば与えられん――ってね。ライブはみんなのものだからステージ私物化は本来NGだけど、今回だけは大目に見るよ。……どうする?」
「――書く」
ふたりの視線を受け止めて、俺は小さく呟いた。声の大きさとは裏腹にでっかい覚悟を決めて。
と、彼女が俺たちのテーブルへとやってくる。
「あ……」
彼女はお水のおかわりを注ぎながら、追加オーダーがないかの確認をしつつ、どんな話をしていたのかと聞いてきた。
「――秘密」
しれっと肩をすくめて見せると、彼女の目が丸くなった。
そして、気になると食いついてくる。
それが嬉しくて、表情を緩ませないように頬の筋肉に力を入れて、くいくいっと指を動かした。
「聞きたいなら、顔、寄せて。こっそり教えてあげるから」
素直な彼女は言われたとおり、俺へと顔を寄せる。
「――隙あり」
俺は近づいてきた彼女の頭をぐいっと掴んで引き寄せると、唇の横すれすれのところにキスをした。
「あ!」
「……っ!」
玲央だけじゃなくて、店にいるヤツら全員の注目が俺たちに集まるのを感じる。
俺はヤツらの視線をぜーんぶ受け止め、べーっと舌を出した。
(ざまぁみろ。彼女は俺のだから!)
ただし、捨て台詞は心の中でだけ。いつか、これも大声で叫べるようになりたいと思う。

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