Stellar Calendar

☕僕らしく☕

この頃、夜、目を閉じて考える。
今日の僕は、昨日の僕より、少しは成長できただろうか。
明日の僕は、今日の僕より、成長できるだろうか。
成長というのは、年をとればできるというものじゃない。
日々の努力の積み重ねで、進んだり、場合によっては後ずさりしたりする。
(せめて珈琲は、もう少しおいしく淹れられるようになりたかったな)
今夜の反省会はちょっとだけ長い。
いくら成長するには日々の努力が大事だと言っても、明日は区切りの日だからだ。
これが学校とかなら、定期試験で成果を確かめられるんだろう。
義務教育の頃から軽くプレッシャーを感じていたテストは、人生という現実には存在しない。
でも、ありがたくはなかった。成長できたかの判断は自分自身で下さなきゃならないからだ。
ぐっと拳を握る。

明日、僕は誕生日を迎える――

「……ふぅ」
お客が帰ったテーブルを片付け布巾を所定の位置に戻すまでの作業を終えて、肩から力を抜く。
最近は、こんな風に後片付けもセッティングも慣れてきた。注文もそつなく受けられている……と思う。
(成長はしている……はず)
それでも、イマイチ手応えを感じられなくて自信がなくなってしまう。
――と。
(……あれ?)
視界の片隅を横切った彼女に違和感を覚えて顔を上げる。
(様子が、おかしい?)
表情も態度もいつも通り。でも、普段よりも動きがぎこちない気がする。お客に珈琲を運んだ後、テーブルを離れてからいったん立ち止まって大きく息をついた。
「……!」
ピンときて、大股で彼女に歩み寄る。
そして、びっくりした様子で僕を見る彼女の腕を掴んだ。
「――こっちへ」
注目を集めないよう小声で囁いて、彼女を連れてバックヤードへと向かう。
必要以上に音を立てないようゆっくり扉を閉めてから、彼女を椅子に座らせた。
「フロアは僕が回しますから、しばらく、休んでいてください」
僕の言葉に彼女は目を見開き、そんなことはできないといった様子で首を振る。
「疲れているんでしょう? ここ数日、例の件で忙しかったはずです」
指摘すると、彼女は返す言葉を失って黙り込んだ。
最近、『サンライズ』ではちょっとした事件があった。
事件といっても一概に悪いとは言えない出来事で、グルメライターだか、有名ブロガーだか、インフルエンサーだかが、『サンライズ』をおすすめ店として紹介したのだ。
結果、客足が増え、彼女も店長である大和さんも忙しくしている。
(僕がバイトに入れない時も)
客層だっていつもと違っていて、ずっとお店に立っている彼女たちには精神的な負担もかなり増えただろう。
「今日は僕がいるんです。――もっと、頼ってください」
しゃがみ込み、椅子に座る彼女の目を同じ高さで覗き込む。
「ここでバイトをするようになってから――いえ、初めて会った時から、あなたはずっと僕を助けてくれた。だから、たまには僕にあなたを助けさせてください。……ね?」
安心させるように言葉をかけると、ようやく彼女がうなずいてくれる。
「ありがとうございます」
安堵と喜びで思わず顔と気持ちが緩む。それを引き締め直して僕は立ち上がった。
「一段落したら様子を見に来ますね」
そう言い残して、フロアへと向かう。
(注文待ちは2卓とカウンターのお客。6卓の注文がそろそろできあがる頃だから、それも運んで――)
頭の中でタスクを整理して、作業順番を組み立てる。
「――すみません」
と、ちょうど注文待ちの客から声がかかった。
「はい!」
返事をして、僕は伝票を手に声の元へと急ぐ。

「ありがとうございました」
お会計を済ませて出て行くお客にそう頭を下げ、姿が見えなくなったタイミングでテーブルを片付けに向かう。
トレイにお皿やカップを載せてテーブルを軽く拭き、奥に運ぶためにくるりときびすを返したところで、彼女が僕を見ていることに気づいた。
「大丈夫なんですか?」
いつの間にバックヤードから出てきたのだろう。びっくりして駆け寄ると、彼女はもう平気だと笑った。その顔色はだいぶよくなっていて、彼女の言葉に嘘がないと教えてくれる。
「……よかった」
安堵する僕に彼女は頭を下げた。休めて楽になった、助かったと。
「そんな! さっき言ったとおり、僕もあなたの力になりたかっただけなので!」
慌てて首を振ると、彼女は顔を上げ、僕を見つめながら目を細めた。
そして、付け加える。働いている僕が頼もしくて、かっこよかった……と。
「……!」
カァッと頬が熱くなる。
「そう……ですか。ありがとう、ございます……」
真っ赤になっているであろう顔を晒すのが恥ずかしくて、横を向く。
誕生日とはただの区切りで、人生には成長できたかのテストなんてない。
――でも。
誰よりも成長を認めてほしい人から、合格を告げるような言葉をもらえるとは思わなかった。
嬉しくて、真っ赤になっているであろう顔と同じぐらい、胸が熱くなった。

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