Stellar Calendar

♪ハッピーバスデーソング♪

スタジオに入って約5分。
ようやく空調も効いてきて、涼しい風が室内に充満する。
夏真っ盛りの今は朝ですら非常に暑い。
それでも1日の中では、まだマシな時間なんだろう。昼間はなりを潜めるセミたちの大合唱が、まるでお祝いのように浮き足立ったオレを包み込んでくれた。
(……ったく。ちっさい子供かっての)
たかだか誕生日。もう何回も経験してきたんだから、浮かれるのもみっともない。
そう思うのに、今朝はやけに目が覚めたし、なんなら仕事場に顔を出すっていう悠より早く家を飛び出して、こうしてレンタルスタジオに入っている。
幸か不幸か、ここのスタジオのオーナーとは顔見知りで、「誕生日おめでとう」だなんて祝われながら、営業時間よりも早く入らせてもらった。
といっても、まだエレキギターをかき鳴らす気にはなれなかった。
今日は昼前から夜までリハがあるから、半日以上思う存分弾きまくる予定だし、朝から飛ばしてちゃ体力がもたない。
「…………はあ」
逸る気持ちを落ち着けるために、深く息をする。ポケットの中ではスマートフォンがやけに存在を主張していた。
いや、正確にはスマートフォンの中にある、日付変更と同時に彼女から送られてきたメッセージが……だ。
アイツの気持ちが嬉しくてたまらない。
(……ったく。やっぱり子供だわ、オレ)
照れて熱くなる頬を隠すように伏せて、頭をかきむしる。
そうして、エレキの代わりにもう一本持ってきたアコギ をケースから取り出す。
椅子に座り、組んだ膝にギターを置くと、エレキよりも若干太い弦に指を乗せた。
6弦から順に弾いていくと、思った通りの響きを返してくれる。
耳に届く久々のアンプラグドはじんわり今の心に滲みてきて、『この音』を求めていたんだと改めて思い知る。
落ち着かない気持ちを大きく深呼吸することでなだめて、左手で弦を押さえ、右手で音を響かせようとした。
――が。
「……うん?」
スタジオの扉が僅かに開いていることに気づく。そして、その隙間からこちらを窺ってる気配にも。
「――なに、やってるんだよ」
そこにいるのが『誰』かすぐに気づいた。気恥ずかしさを誤魔化すように、ぶっきらぼうな声を扉の向こうに投げつけると、ゆっくり扉が開く。
そして、はにかむアイツが入ってきた。
彼女は扉を閉めると、気づくのが早いとか、もう少しでオレのアコギが聞けたとか、可愛らしい文句を口にする。
「……いや、盗み聞きするなよ」
こっちも口を尖らせて文句を返しつつも、彼女が『オレの音』を聞きたがってくれる事実が嬉しくて、また顔が緩みそうになる。
けど、にやけた顔を見せるのはかっこ悪いので、軽く咳払いしてスカした態度をしてみせる。
「そういやさ、来るの、ずいぶん早いじゃん。頼んでたケータリングが届くのは昼過ぎって話じゃなかったか?」
さりげなく話題を変えると、オレも早いと突っ込み返された。
「――いや、早く目が覚めたし、なんとなく手持ち無沙汰で……」
視線を泳がせながら言い訳すると、彼女は笑って、オレならそうしてるだろう、なんて、コッチの行動を見抜いている発言を口にする。
「オマエさ――」
照れくさくて顔をしかめてみせると、だからこそ来たと彼女は続けた。
「……!」
メッセージじゃなくて、対面でも一番に『おめでとう』を言いたかったから……と。
その言葉に、向けられた笑顔に、息どころか心臓すら止まるかと思った。
どうひっくり返っても照れてる顔は誤魔化せそうになかったので、仕方なく目をそらした。
「……それは、どうも。けど、オーナーに先に言われた」
ぶっきらぼうに礼を言うと、今度は彼女が息を飲んだ。
びくりと身体まで震えさせていたので思わず振り向くと、全身でショックを受けていた。
(そんなに、一番に『おめでとう』が言いたかったのかよ……)
呆れる気持ちと幸せな気持ち。それらが混ざり合って、胸をくすぐったくさせる。
「じゃ、また来年、頼むわ」
オレの言葉に力強くうなずいて、彼女はきびすを返す。
「お、おい! どこに行くんだよ」
その背中に声をかけると、足を止めて、ケータリングを準備しに行くからと彼女が答える。
(一番に『おめでとう』を言うためだけに、顔、出したんだな……)
嬉しくて、恥も外聞もなくにやけまくる。
オレはアコギを構え直した。
「時間までに間に合えばいいよ。一曲ぐらい聞いていけ」
彼女の表情がぱあっと輝く。そうして、再びオレの目の前へと駆けてきた。
「……せっかくだし、聞くだけじゃなくて、歌ってけ」
オレの言葉に、彼女は不思議そうに首を傾げる。その姿に目を細めて、オレはアコギの弦を弾いた。
「誕生日なんだから、『ハッピーバースデー』ってさ。バースデーソングは、紛れもなく一番だぞ?」
そうして、メロディーを奏で始める。続いて響いてくる彼女の歌声を耳にしながら。

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