Stellar Calendar

🎸最強の言い訳🎸

張り詰める空気。
客席から期待と緊張が伝わってくる。
小さめのライブハウスだから、距離が近い。照明が落とされていて薄闇が場を支配しているというのに、俺たちに注目が集まっているのが『わかる』。
いや、顔がよく見えないからこそ、ここにいる人たちの意識が向けられているのを肌で感じる。
俺たちのために用意された場じゃない。今宵限りのサプライズゲスト。
チケットを買ってやってきた人たちは、俺たちじゃない別のバンドの音を聞きにきてる。
ある意味、完全にアウェイ状態。でも、どんな音が聞こえてくるのか『ワクワク』している気配も感じる。
(いいお客さんだな。みんな『音楽』が好きみたい……)
そんなことを考えながら、ベースのネックに添えた手の位置を整える。
中には、俺たちのバンド――『PHANTOM TONE』のライブにも来てくれている人もいるかもしれない。主催のバンドは俺たちと音楽の趣味が合う。だから、今日のライブにも呼んでくれた。
自然と被る客層はあるだろうし、その人たちは『俺たちの音』を待ってくれている。でも、それ以外の人たちも、自分たちのお気に入りのバンドが呼んだヤツらがどんな音を聞かせてくれるのか、興味津々といった様子だ。
それぐらい、ここにいる人たちは『音楽』が好き。だから、いいお客さん。
(茜と玲央は『客、奪うつもりでいこうぜ』って言ってたっけ。大学のサークルの先輩でもあり、サポートでドラムを叩いてくれている伊達さんは呆れてたな。強気なふたりと、『こんな日』に呼ばなくてもいいんじゃ――って)
ステージの上の高揚感が、思考をまとまりなくさせる。
考えることは色々あって、感じることも色々あって、でも、俺の中で今一番強く願うことはひとつだけ。
(――早く弾きたい)
……と、件の伊達さんがリズムを刻み始める。
それを合図に背後に光が生まれた。熱いぐらいのライトが俺たちの背中を照らしている。観客が興奮に息を飲む表情がバッチリと見える。
チラリと横を見ると、ステージの袖で彼女が同じように興奮に頬を紅潮させながら俺たちを――俺を見ていた。
途端、気持ちが走り出す。
ピックを握りしめ、伊達さんのリズムに合わせて弦を弾き始める。ドラムの音を支えるように。曲の土台を作るように。
(……ああ、でも、気持ちが止まらない)
いい状態のハコで。
ドラムも気持ちよく響いていて。
すぐ横で彼女が『俺』を見ていて。
(――最高の誕生日だ)
気持ちを乗せて、『音』が走り出す。
ただ、支えるだけじゃ物足りない。
『俺』が歌いたくなる。
すぐ近くで、玲央のギターが僅かに鳴って消えた。
多分、タイミングを掴み損ねて、入れなかったんだろう。
(……走り過ぎた? でも、玲央ならついてこれるだろ)
気にせず、弦をかき鳴らす。
伊達さんが『こなくそ』とばかり、スティックを打ち下ろす。
ダイナミックに、スピードを上げながら。
俺も、負けてはいられない。
土台なんて飛び出して、ギターが奏でるはずのメロディーをかき鳴らす。
客席が熱狂し始める。
そんな騒音の中、玲央の舌打ちがハッキリと聞こえた。
そして、ギターがやかましく響き始める。
まるでベースのようにリズムを刻みながら。
おかしなコード進行だった。めちゃくちゃなのに、ギリギリのところで正気を保って『音楽』になってる。
弾いてる俺たちも、聞いてるお客も、いつその均衡が崩れるのか、ハラハラしながら見守っている。
それを――。
「――Are you ready?」
マイクから茜の声が響いたかと思うと照明がステージを眩しく焼いて、客席が沸いた。
その熱を受け止め、茜がなめらかに歌い出す。
けっして激しい歌い方じゃない。でも、伸びる。
ケンカしているようにも思える俺たちの音をまとめて、客席の遙か向こうまで連れていく。
(……ああ、気持ち、いい――)
『俺の音』が鳴ってる。
うるさいぐらい、激しく自己主張して。
でも、『玲央の音』も『伊達さんの音』もそれに負けてない。
俺たちの音を『茜の声』がひとつにまとめてくれてる。
最高の瞬間。
この時を、すぐ近くで――観客ではなくスタッフとして彼女も聞いてくれてるのだと思うと、幸せで胸がいっぱいになる。
「……っ」
俺の気持ちに引きずられるように、ベースがさらに『ゴキゲン』に響く。
バランスを崩された、玲央と伊達さんが嫌な顔をしただろうなと思った。
でも、茜の歌声が、「ハイハイ、いがみ合うの禁止」とばかり俺たちを導いてくれる。
こういう演奏ができるから、ライブは楽しい。
こういう演奏を誕生日にできる俺は幸せで、こういう演奏を彼女に聞いてもらえて嬉しい。
弾き終わったら、高揚した気持ちのまま、彼女に抱きついて、「どうだった?」と尋ねてみようと思う。
汗だくだけど、公衆面前だけど、きっと許される。
(――だって、誕生日だし)
最強の言い訳があるんだから、今日はやりたいようにめいっぱい楽しもう。

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