
手に馴染んだライターでお決まりの銘柄に火をつけて深くケムリを吸い込むと、天を仰いで用済みになったケムリを息と一緒に大きく吐きだした。
空には星がクソ賑やかな街明かりに負けじと輝いていて、まあ、そこそこキレイだった。
夜風も気持ちいいし、ほどよく気分転換になりそうだ。「車内禁煙です!」なんて追い出してくれた後輩の皆月に感謝するべきなんだろう。
(……ま、調子乗るからぜってー言わねぇけど)
もう一度ケムリを吸いながら、イイ感じにクールダウンしてきた頭でとりとめなく考えていると、もたれかかっている車の内側からコンコンとガラスを叩く音が響いてきた。
見れば件の皆月が車内からこっちを見上げていて、オレの視線に気づくと軽く手を振って窓ガラスを開けた。
「なんだ?」
「さっき、渡し忘れたので」
そう言って皆月が差し出したのは、あんパンと200mlの牛乳パック。
「――ベッタベタだな。タンパク質がいい。肉はねぇのか」
「ないですねー。からあげ系は匂いが強いですし、糖分は頭の回転にいいですし。やっぱ、お決まりになるには、それ相応の理由があるんですよ。はい」
皆月は有無も言わさずオレの手にあんパンと牛乳パックを押しつける。
「それに、明日、鑓水先輩の誕生日じゃないですか。ちょっと早いですけど、バースデーケーキ代わりってことで」
「……うるせぇ」
思わずムカッとして、全力を込めた指先で皆月のデコを弾いた。
「痛っ!」
「だから、うるせぇって。注目されんだろ」
鼻を鳴らしてたしなめると、赤くなったデコを撫でながら皆月が恨めしそうな顔で見上げてくる。
「『下手に隠れる方が怪しい』って言ったの、鑓水先輩ですよね?」
「まあな。けど、目立ったら交通課のヤツらも路駐切符、切りに来なきゃなんねぇだろ?」
「……ちゃんとパーキングメーター使えばいいのに」
「バァカ。そんなお行儀いいコトしたら、それこそ『法に準じて生きてます』って名乗ってるようなもんじゃねぇか」
「そりゃ、そうですけど……」
皆月は不満そうに口をとがらせ、けどうまく反論の言葉が出てこなかったのか、ため息を漏らす。
「――今日はやけに機嫌が悪くありません?」
「日付変われば誕生日だっつーのに、こんなトコ、突っ立ってなきゃなんねぇオレの気持ち、考えてくんない?」
「それについてはご愁傷様ですけど、仕方ないじゃないですか。事件は時と場所を選んでくれないんですから」
「そうだな、それは言えてる。――けどよ」
むかっ腹が立って渡されたあんパンを握り潰しそうになったので、舌を鳴らし、握り潰す代わりにバリッとあんパンの袋を破る。
「それを見越した上で証拠集めとか頑張ったんだけど? 残業時間がどうとか口うるさい昨今、上も周りもなだめすかしてなんなら勤務時間も誤魔化して、今日明日明後日ぐらいはのんびりできるようにってあくせく働いてたってのに、あの検事ッ」
物理的にも立場的にも本人に噛みつくのは難しいので、代わりに手の中のあんパンにがぶっと噛みつく。
「あの人、ちょっとでも証拠不十分で不起訴になりそうなの、嫌いますからねぇ……」
「……クッソ。いい腕してんだし、でっち上げでもなんでもいいから、うまく処理してくれよ」
「いや、それはまずいですって」
車体に突っ伏して泣き言を漏らすと、皆月の苦笑いが響いてくる。
(……コイツの『マズい』の範囲って、たまに謎だよな)
警察と検察が手を組んでこっそり捜査しているこの事件についてはいいのかなんて両腕に顔を埋めたまま考えていると、ポケットの中でスマホが震えた。
「……!」
慌てて身を起こし、スマホを取り出す。
「わっ? どうしたんですか?」
皆月の驚く声が聞こえてくるが、返事をしている場合じゃなかった。
『0:00』を表示している画面には、アイツからのメッセージ通知が入っている。
「……ははっ。不良娘が夜更かししやがって」
思わず笑いが漏れた。ムカムカしてた胸の中が、一転ムズムズとむず痒くなる。
「――なあ、皆月。要は決定的証拠ってヤツを掴めればいいんだろ?」
アイツからのメッセージを確認し終わってから、皆月に声をかける。
「……まーた、悪い事、考えてますね? 最近、生き急がなくなってきたって安心してたのに」
「生き急いでなんてねぇよ。……ただ、早く帰りてぇだけ」
スマホをポケットに突っ込み直し、オレは見張っていたビルを睨みつける。
決意は固まった。
始末書、書く羽目になろうとさっさと終わらせる。でもって、日付変更と共に『お誕生日おめでとう』とメッセージを送ってきたアイツの元に駆けてって、「夜更かしすんな!」ってデコを弾いてやる。
そう決めた。