Stellar Calendar

♡祝ってほしい人♡

自前のハンドミラーを取りだして、メイクさんがバッチリ整えてくれた自分をチェックする。
右から。左から。ナナメ上から。
「おっ、深くん。気合い入ってるね」
鏡とにらめっこしていると、通りかかったスタッフのヤヨイさんが声をかけてきた。
「ちょっと、本気を出さなきゃなって思いまして」
鏡越しに返事をすると、ヤヨイさんはちょっと驚いたような顔をしてからくすりと笑う。
「それ以上本気出したら、忙しすぎて大変になっちゃうよ? 今日だって無理矢理頼み込まれたんだろ?」
「そう……ですけど」
誕生日である今日は、それとなく「仕事入れたくないなぁ~」なんてマネージャーにぼやいたので、撮影やインタビューをずらして予定を空けてくれていた。
それでも撮影の仕事が入ったのは、ノーと言えないような大きなものだったから。
(きっと街中にも撮影したポスターが溢れる)
最近、そこそこ売れてきたと思うけど、もっとたくさんの人が僕を――小海深を知ってくれる機会になる。その人たちを魅了できれば、僕のことをもっと見たい、知りたいと思ってくれる。
(誕生日に仕事が入ったのは残念だけど、これで知名度が上がってネットでプロフィールとか検索してくれればいいよね)
そう思いながらハンドミラーを閉じて、ポケットに押し込む。そのついでにスマホをチラッと確認したけれど、特に通知は来ていなかった。

「はい、オッケーです」
その声と同時に張り詰めていた空気が緩む。
息を詰めて見守っていたスタッフの人たちがざわざわと動き出したのを見てから、身体の力を抜く。
「深くん、よかったよ」
大きく息をついてから飲み物を取りにスタジオの隅に置かれたテーブルに向かうと、カメラマンさんが声をかけてくる。
「ありがとうございます」
再びスイッチを入れ直して、仕事モードで笑い返す。
「ファインダー越しにドキドキしたなぁ。アレで深くんに落ちる女の子、また増えるよ」
「本当ですか? 嬉しいな」
ニコッと笑うと、彼の目がキツネのように細くなった。
「あれ、誰のこと考えてた?」
「え――」
「向き合ったら、『わかる』よ。ああ、レンズの向こうに特別な誰かを見てるんだろうなって」
「………………」
鋭い指摘をどう誤魔化そうかと笑顔の下で悩んでいると、ヤヨイさんの声が響いてくる。
「深くん! 遅くまでお疲れさま~! アーンドハッピーバースデー!」
振り向くと、大きなバースデーケーキを載せた台車を押しながらスタジオに入ってくるところだった。
「わあ、ありがとうございます~!」
周りのスタッフの人たちからも「おめでとう」の言葉や拍手をもらいながら、僕はみんなに促されるままケーキの元へと駆け寄って、火のついたロウソクを吹き消した。

みんなが切り分けたケーキに夢中になったので、スタジオの隅に避難する。
椅子に放り出していた上着のポケットからスマホを回収して、電源を入れると大和と凛太郎から新着メッセージの通知があった。
僕の誕生日を祝う内容だ。
「………………」
けど、どれだけひっくり返してもスマホに届いてるのはその2通だけで、彼女からのメッセージはない。
「珍しく可愛くない顔してる」
顔をしかめていると、ケーキ片手にヤヨイさんがやってくる。
「もしかして、欲しい相手から『おめでとう』がもらえなかった?」
「――まあ、そんなところです」
うまく外向きの顔が作れず歯切れの悪い返事をすると、ヤヨイさんが苦笑いを浮かべる。
「だったら、忘れてるぞーって、催促しないと。あと少しで誕生日、終わっちゃうぞ」
「……僕の誕生日、知らないかもしれないですし」
「……!」
ヤヨイさんが驚きに息を飲む。その反応に、押し込めていたムカつきが膨れ上がった。
(そりゃあ、教えてないけどさ)
僕のことが大切なら――本当に僕のことを想ってくれるなら、俳優の『小海深』のことももっと気にしてくれてもいいと思う。そして、気になる俳優なら検索して情報を調べるはずだし、誕生日だってわかるはずだ。
ムカムカしてると、ヤヨイさんの落ち着いた声が降ってくる。
「なら、余計に深くんから連絡しないと。大切な人に祝ってもらえるって嬉しいぞ?」
「でも――」
「意地張ってるのは、損だって。損」
肩をすくめるヤヨイさんを睨みつけるように考え込んで決意を固めると、僕はのろのろとスマホを操作した。
(……それで、祝ってもらえなかったらどうするの?)
今日1日、ずっと頭をぐるぐるしていた文句を、なんとか口の中だけに留める。
「………………」
震える指で送信ボタンを押すと、やってしまった的な思いが押し寄せてきた。メッセージを打ち込んでいる時からドキドキがひどくて、まるで耳元で心臓が鳴ってるみたいだった。
もちろん、返事を待つ今も。
僕と同じように息を飲んで様子を窺っているヤヨイさんの視線がやけに気になる。
さすがに文句を言おうかと顔を上げた瞬間、スマホが通知音を鳴らした。
「……!」
慌てて視線を戻すと、彼女からのメッセージで誕生日を祝う内容が見える。
「……な?」
胸がいっぱいになっている僕に、まるで自分のことのように嬉しそうなヤヨイさんの声が降ってきた。

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