Stellar Calendar

🐟ゆらゆら、ふわふわ🐟

タラップを下りて、船着場に降り立つとぐにゃりと地面が揺れる。
もちろん、揺れているのはオレで地面はどーんと構えているはずだ。けど、毎回オレはこのゆらゆらふわふわとした感覚に酔う。
(たいていの人は慣れるらしいんだけどな)
船酔いと一緒で、どうしようもない――体質みたいなものなのかもしれない。
でも。
(『世界』が『こっち』に戻ってくる感じだ――)
どれだけ知識を積み上げても、机の上で理論を突き詰めても、海に出ると知識も理論も所詮人間が使う文字の羅列でしかないと思う。
世界が違う。
感覚が違う。
物語の中じゃなくても、簡単に体験できる異世界――それが、オレの研究する海だった。
子供のようにワクワクして、無知であることに恐怖して、けど、人間の世界で羅列してきた文字列をなんとか引っ張り出して、目の前の異世界と照らし合わせる。
オレがやってるのは、そういう作業。
上手く照合できた時は興奮するし、文字の羅列が意味なく崩れ落ちる時は人間の限界を感じる。
それでも、新たに拾い上げられるものがあって、それをまた人間の世界で文字の羅列に変えられるように、できる限りの情報を集める。
「ランは海に出ると別人みたいだ」と、よく研究仲間に言われる。
(ジャックやロバートが日本語を理解して、エセ関西弁を喋ってるオレを見たら、同じ事を言うのかな?)
海風に吹かれてふわふわした地面をゆっくり進みながら、ぼんやりそんなことを考える。
(もしくは、旬や彼女を連れて海に出たら――)
とりとめなく答えを求めていない問いに思いを巡らせ、頭のチャンネルを人間の世界に合わせていると、スマホが震えた。
ポケットから取り出すと、メッセージが3件届いている。
(今、電波が届いたのか)
海の上は、基本電波が届かない。だから、陸に戻ってくると一気にメッセージが入る。
画面をタップして未読メッセージの一覧に目を通す。
ひとつめは旬、そして、彼女からのメッセージ、それから、もう一度旬。見出しには、おめでとうとハッピーバースデーが並んでいた。
(……あ)
気づいて、いったんスマホをロック画面に戻し、日時を確認する。
「――今日、誕生日か」
今回のフィールドワークの準備ですっかり忘れていた。
けど、旬も彼女もちゃんと覚えていてくれたらしい。ふたりは、毎年こうやってオレの誕生日を祝ってくれる。
(……ありがたいな)
そう思う反面、少し心がモヤモヤとした。
いや、もちろん、すごく自分勝手で我が儘な気持ちから靄が発生しているのはわかっているのだけれど――。
(……旬じゃなくて、彼女に一番に祝ってほしかったな)
自分に対してか、それとも旬か他の何かに対してかわからないため息をつき、オレはロック画面を解除する。
そして、まず彼女のメッセージをタップした。
彼女からのメッセージはシンプルで、オレの誕生日をお祝いする言葉と、オレを気遣う言葉、そして、会いたいといった実にくすぐったい言葉が綴られている。
(……うん、オレも会いたいよ)
彼女を抱きしめる代わりに、彼女のメッセージを受け止めたスマホをギュッと抱きしめた。
しばしその感覚を堪能し、再び顔を上げる。
スマホを操作して、今度は最初に来ている旬のメッセージをタップする。
すると、不思議な内容が綴られていた。
『おめでとう。これは「誕生日じゃない方のおめでとう」ね』
「……?」
旬が何を言いたいのかわからず、眉間に皺が寄るのがわかる。
ひとまずこのメッセージを閉じて、彼からの2通目――彼女の後に届いているメッセージをタップする。
『Happy Birthday。兄としてもお前の友達としても、「一番におめでとうって祝ってもらえた!」なんて浮かれまくるお前には思うところがあるから、ちょっと意地悪させてもらったよ。改めて、おめでとう』
「……!」
ハッとして、メッセージのタイムスタンプを確認する。
彼女からのメッセージは、こっちの時間で0時ピッタリ。
旬からの1通目のメッセージは、その1分前――つまり、オレの誕生日前日。そして、2通目は0時1分。0時ピッタリにメッセージを送るであろう彼女に続く形になっている。
「……まったく、几帳面な兄妹だなぁ」
旬の意図に気づき、思わず笑ってしまう。今、鏡を見たら、嬉しさと苦笑いで変な顔をしたオレが映るだろう。
オレはふたりのメッセージごとスマホを抱いて空を仰ぐ。
(……会いたいな)
この空は、遠く離れたふたりにも繋がっているのだろう。でも、それだけじゃ足りない。仕事を整理して、時間を作って会いに行こう。
目を閉じ、決意する。
ふたりに会いに行くこと、それが、オレがオレ自身に贈る誕生日のプレゼントだ。

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