
「――くそっ」
勢いに乗せて引いた線が、思ったような軌跡を辿らず舌打ちが漏れる。
ショートカットで動作を戻して、もう一度タブレットにペンを走らせるがうまくいかない。
ムカッときて、もう一度。さらにもう一度。
「あー、ダメだー……」
ペンを放り出し、天井を仰ぐ。
(こんなところでモタモタしてる場合じゃないってのに……)
けど、線が決まらないと、思ったような表情が描けない。しかも、決めゴマだ。一番いい表情をさせて、紙面も物語もバチッと決めたい。
(筆圧調整、した方がいいのか? けど、それで感覚が狂うとなぁ……)
完全にデジタル移行したのは、つい最近。もともとはアナログで漫画を描いていたからか、どうもペンを走らせる感覚に慣れない。
(デッドラインまでの時間を考えると、いっそのことアナログ原稿に戻すか……?)
でも、やり直しやレイヤーなど、デジタルならではの便利機能を知ってしまった身としては、ホワイト修正や透かし反転で歪み確認なんて面倒な作業にもたつきと苛立ちを覚えるかもしれない。
(だいたい伊達さんだって、デジタル入稿する認識でいるだろうし……。……アナログだと、デッドが変わるよな?)
ボサボサの頭を掻きながら、壁にかかったカレンダーへと視線を巡らせる。
「――あ」
そして、カレンダーが表紙のままであることに気づいた。
今年の干支と西暦の四桁がスタイリッシュにデザインされている、普段の俺なら選ばないタイプのもの。
(そうか、かけたの、年が明ける前だもんな)
ここ数日、締め切りに追われていて、このカレンダーのこともすっぽり忘れていた。
立ち上がって表紙を破ると、表紙とは裏腹に機能的なデザインのマンスリーカレンダーが現れる。
整然と並ぶ日付を見ると、改めて一年が始まったような気がした。
「……よし」
ちょっとした達成感。それから、本来の目的である日数確認のため、カレンダーに目を走らせる。
(ええっと、デッドは仕事始めの3日後だったはずだから――……あ)
そして、気づく。
「……今日、俺の誕生日か」
このカレンダー以上に、すっぽり頭から抜けていた。
(……ま、この年になると、誕生日どころじゃないもんな)
自分の生まれた日を祝うよりも、日々の業務やら生活やらをこなすことに意識がいって、誕生日を祝うなんて習慣もなくなった。
(……いや、そうでもないか)
高校からの腐れ縁がひとり、なにかと誕生日に触れてくる。けど、そのたびに自分の年齢を痛感させられるので、あれはイヤガラセの一種なのだろう。
(大和だって同い年のくせに……。というかさ、アイツは4月生まれだから、俺よりひとつジジイだろ?)
だからこそ同類が増えるのを喜んでいるのかもしれないなと苦笑いして、机からマジックを手に取り、まっさらなカレンダーにデッドラインと今日の日付に丸をつける。
そのマジックを机に戻した時、スマホがメッセージの着信を告げた。
「……うん?」
マジックを置いて隣のスマホを手に取ると、大和からのメッセージが届いている。
『今、家の前にいる。ケーキと誕生日プレゼント、持ってきた』
「……は?」
唐突な言葉を頭が理解するよりも早く、インターフォンが鳴り響く。
「マジか?」
スマホを放り出し、慌てて玄関へと急ぐ。
「おい!」
勢いよく扉を開けると、そこには大和ではなく彼女が立っていた。
「――え?」
たじろぐ俺にはにかんで、彼女は開口一番、俺の誕生日を祝ってくる。
「……っ」
驚きと嬉しさで心臓と感情が跳ねた。
突然のことに気持ちが落ち着かない。ボサボサであろう頭をさりげなくなでつけながら、ソワソワと視線を泳がせると、彼女の数歩後ろにケーキの箱らしきものを持った大和が立っているのが見えた。
大和は俺と視線が合うと、にやりと笑う。
その口がパクパクと動いた。「どうだ?」と。
声なき問いかけはきっと、この『プレゼント』についてだろう。だから、あんなにもドヤ顔をしているのだ。
(……くそっ。悔しいけど、まんまとお前の思惑通りだよ)
ニヤニヤ笑う大和に顔をしかめてから、コホンと軽く咳払いをして気持ちを切り替える。
そうして、俺は最高の『プレゼント』――彼女に向き直った。
「……祝ってくれてどうも。お祝いの言葉も、今日、あんたの顔、見れたのも、すごく嬉しいよ」
俺の言葉に、彼女も嬉しそうに笑う。その顔を見て、俺も自然と笑っていた。
両親や祖父に誕生日を祝ってもらっていた頃のガキみたいに――。