彼と、わたしの時間

最後の告白

——あの雨の日の”最低”な告白は「ごめんなさい」で終わった。
平手打ちされたっておかしくなかったのに、自分のことで精一杯だっただろうに、丁寧に……とても丁寧に断ったあいつは本当にすごいやつだなと思った。
でも、それがもしかしたら、逆にオレにとってはよくなかったのかもしれない。
その姿勢が、本当にこいつらしくて、「好きだ」という気持ちを募らせてしまったから。

「……ごめんね。気持ちは嬉しいけど、まだ忘れられないんだ」
何度目かの告白。困ったように笑って、やっぱりこいつは首を横に振った。
「……うん、そりゃそーだ。ごめん」
「日立くんが悪いとかじゃないの。ただ、……まだ気持ちは切り替えられないかな」
思わせぶりなことは一切してくれない。
キープにすらしてもらえない。
穂高への気持ちを延々と聞いていたのだから、こいつがそんな不誠実な真似するはずがないなんてわかりきっていた。それなのに食い下がってしまうのは、あの日、雨の中泣いていたこいつのことが忘れられなかったからかもしれない。
——いや。それは、少し違う。
「相談役」という口実がなくなって関わりがなくなることをオレは恐れたのだ。
「じゃあ別の話。あのさ、今度の英会話の授業。前期みたいに……」
「あ、ごめんね。他の子たちとグループ組むことにしちゃったんだ」
「そ。分かった」
「うん。……ごめんね」
「さっきから謝りすぎ。おまえが謝ることじゃねーじゃん」
「そうかなあ」
「そーなの。堂々としてて。……おまえは、なんも悪くない」
「じゃあ日立くんも悪くないから。ごめん、とか言わないでね」
「…………考えとく」
「そこは頷くところじゃない?」
答えずにいたら、頑固だなあ、と笑われた。

前みたいに話してよ。
ごめんなんて、言うなよ。
気を遣った顔するなよ。
なんて思うけど、オレが言えた話じゃないな、と思って飲み込んだ。
——それでも、オレはまだ離れられなさそうだったから。

穂高に告白して、振られた日から、あいつはオレたちから距離を取るようになっていた。
共通科目でグループを作ることになったら、いつもオレと穂高と、それからあいつの友達を無理やり引っ張ってきて組んでいたのに、今は別のグループの奴らと組むようになっている。
「日立くんって頑固だよね」
昼休みに一人でコンビニ弁当を食べていたこいつを見つけて、隣に座って食べていたら、諦めた顔でそんなことを言った。
避けられて、避けられて。それでも一人にしたくなくて。
何を話題にしても傷つけそうで、でも避けられたことで「忘れられる」方が怖くて……オレは自分を優先してしまっていた。
とは言え、穂高みたいにオレは話すことが上手くないし、面白いネタを持っているわけでもない。
だから黙って隣で食べて、それぞれ授業に別れるということが多かったのだけれど、この頃はこうやってぽつりと話すことが少しだけ増えていた。
「ほんっとに頑固というか、気が長いというか……。うん、頑固だと思う」
「そー? 人並みじゃない?」
「根負けしそうだもん。というかすでに負けてる気がする……」
「ぜってーない。オレが惨敗中」
「そんなことないよ! 日立くんの方が頑固だよ」
「自己紹介してる?」
「そっくりそのままお返しするよ!」
複雑そうな顔をして、唐揚げを口の中に放り込むのを見て、オレもまた唐揚げを口の中に入れた。
多分コンビニ弁当の唐揚げよりオレの作ったやつの方が美味い、なんてどうでもいい対抗心を抱きながら。
穂高のお墨付きだ、って言ったら、以前のこいつなら食いついたかもしれないけれど、今は傷口に塩を塗るだけだろう。……穂高のことを思い出させるオレが付きまとう方が、こいつの傷を抉ることなんだということは見ないふりをしたまま。
「……迷惑?」
「とは言ってないよ。迷惑だったら逃げてる」
「おまえ優しいから、そういうこと言えなさそう」
「いざとなったらできるよ?」
「できなさそー」
「できるってば」
今この瞬間、こうやってオレのこと拒否できないのに?
飲み込む言葉が増えていく。指数関数のように罪悪感も日に日に大きくなる。「ごめん」の代わりに息を吐き出して、最後に残った唐揚げを咀嚼した。
「あ。そーいえば」
立ち上がってどこかに行こうとするこいつを引き止める。
「奥菜なんちゃら先生だっけ? おまえの好きな作家って」
「え? あ、うん、そうだけど……」
「これ、昨日買ったんだけど……」
と言って、バッグから文庫本を取り出したら、さっきの表情は一転、きらきらとした目でこちらを見てきた。
「えっ、奥菜先生の買ってくれたの!? しかもそれ最新刊だよ。えー、どうして!?」
「い、いや……、ふつーに本屋にあったから買っただけ」
「あっ、しかもサイン本だ! え、どこで売ってたの?」
「大学裏のちっこい本屋。なんか色紙も置いてあった。……見る?」
「見る見るー! わー……本当だね。奥菜先生、色紙とか書いてるんだ。あとで場所教えてもらってもいい? 見に行きたい!」
すごく久しぶりに見た表情だった。
明るくて、眩しくて、キラキラしていて。
泣きそうになった。
「まだちょっとしか読んでねーけど。……なんか、読みやすかった。あんな感じなんだな」
「読んでくれたの!? そうなんだよー、奥菜先生の文体ってするする入ってくるんだよね。登場人物の描き方も素敵だから楽しんでくれると嬉しいなあ」
「……おすすめある?」
「もちろん! ちょっと待ってね、まとめてくる、から……、……あ、えっと」
と、ここまで話し切って、こいつは冷静になったらしい。
目を逸らし、「今まで避けていたのはなんだったんだ」と言わんばかりに頭を抱えている。
「……だから根負けすると思ってたんだよ……」
「……根負けしてくれんの?」
「ほぼほぼしてるでしょ。……困るのに」
「……ごめん」
「謝らないで、って言いました!」
「オレも『考えとく』って言った」
「……うん。でもね、本当に謝らないで。奥菜先生のこと覚えていてくれたのは嬉しかったから」
「オレの策かもよ? そんな好意的に見ていーわけ?」
「それでも。読んでくれたこと、買ってくれたことは本当でしょ? サインだって、私が好きだからって思い出してくれたから撮ってくれたんじゃない?」
”嬉しかった”
そう言って困ったように、でもその言葉通りに笑うこいつを見て、言葉が溢れていった。
「……やっぱ好き」
聞かないふりをしたっていいのに、こいつは今回もまた真正面から受け止める。
この後何言われるかなんて分かってるだろうに。
「あの。日立くん、私……」
「分かってる。おまえが好きなのは穂高だって。オレが一番分かってるから。……それでもさ」
手は取れない。触れない。今のオレはこいつにとって「なんでもない他人」でしかないから。

こいつを引き止める術は、ただの言葉だけ。
「オレ、おまえと一緒にいたい。結局、そんだけなんだよ。でも、男友達にも相談相手にも戻れそうにねーから」
揺れる瞳。
今日は「ごめんなさい」をまだ聞いていない。
物言いたげな目は、口は、何を思っているのかは教えてくれない。
「言うのこれで最後にするから、答え、教えて」
見上げるのが怖い。目を合わせ続けるのが怖い。
けれど、オレはおまえの隣にいたい、……泣いている時になにもできない立場でいたくない。出来れば、一番笑顔を見られるところにいたいから。
……だから、お願いだ。
「お試しでいいから、付き合ってください。……おまえの隣にいる口実をちょうだい?」

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