彼と、わたしの時間

まわせなかった腕

「穂高くんって何が好きなんだろう……」
目の前の女子は紅茶のティーバッグをちゃぷちゃぷと揺らしながら、そんなことを至極真面目に呟いた。
オレは「そんなことしていたら、かなり渋くなるんじゃないか」なんて思いながら、ドリンクバーで入れてきた炭酸ジュースを啜っていた。「家で作った梅シロップの方が美味いな」、と店に失礼なことを考えていたのは、きっとバレていないと思う。
「うわっ、渋いっ」
「そんだけティーバッグ揺らしてたら渋くなるのは当たり前」
「そんなに揺らしてた?」
「揺らしてた。バカだな、って思ってた」
「思ってたなら止めてよー」
「おまえのことだからあえてかもしれねーじゃん」
「私のことだからって何!? そんなあえてしないよ? うー……これどうしよう……」
「無理して飲まなくてもいいんじゃないの」
「でも捨てるのは勿体ないというか……申し訳ないというか……。うん、ガムシロとフレッシュでどうにかしてみる」
「……好きにすれば」
そう言って果敢にも「かなり渋い紅茶」と奮闘する女子は、入学式以降、教養科目の授業で一緒になったり、たまに三人で遊んだりとオレとしてはかなり関わる人になっていた。
最初は穂高曰く「人見知り」であるオレを要因に若干の距離があったけれど、今では多分「トモダチ」と言われるくらいの距離にはなったと思っている。
そのきっかけが、こいつが今真剣に考えている男についての相談だった。
まあ、簡単な話だ。オレの幼馴染——穂高に、こいつは片思いをしているらしい。
だから、穂高に一番近いであろうオレが相談相手として白羽の矢が立ったのだろう。
面倒な話ではあったが、こいつが心底真剣そうな顔でお願いをしてきたことに絆された。あと相談料として、毎度奢ってくれることになったから、まあいいか、と思った。もちろん、今日のファミレスでのご飯もこいつの奢りである。
「穂高くんってチョコ好きかな!? クッキー派かな!?」
「さあ」
「……日立くん、相談に乗ってくれるんじゃなかったの?」
「乗ってるじゃん」
「聞いてくれるのは有り難いけどね。なんの情報もくれないのはひどいと思うの!」
「穂高がチョコ派かクッキー派か知らねーし」
「……相談相手間違えたかな……」
「あ、でも」
「でも!?」
「ラーメンは好き」
「ラーメンは作れないなあ」
「誘えば? 喜んでついてくると思うけど」
「……好きな人、ラーメンに誘えるタイプですか? 日立くんは」
「さあ……。そいつが好きなら誘うんじゃない」
「相談相手間違えたかなあ……」
二回目の言葉に吹き出しそうになったのを堪える。
こうやって、毎度「相談相手間違えたかなあ」と言っているくせに、結局オレにまた相談に乗ってください、と言ってくるのだ。
穂高の交友関係は広い。確かに昔っからの腐れ縁はオレだけど、もっと恋愛相談に適した奴はいくらでもいるだろう。けれど律儀にお願いしますと頭を下げてくるのは、なんだかおかしかったのだ。
「でもね、今度、一緒に遊びに行ってくれることになったんだ。他の子もいるけどね!」
「へー、進歩じゃん」
「でしょ。どんな格好が好きなんだろう……」
「さあ……。いつも通りの格好でいいんじゃない」
「でも、可愛いって思って欲しいから」
「そーいうもん?」
「そーいうもんなの。あー……どうしよう……楽しみだけど不安……」
「なんで? 仲良くなりたいんじゃねーの」
「そうだよ! でも、これで嫌われたら嫌でしょ?」
「穂高はそういう奴じゃないのは、おまえも知ってるじゃん」
「そうだけど! でも、万が一ってこともあるでしょ?」
「いつも通りにしてたら大丈夫なんじゃない。いきなり変顔とかしたらダメだけど。……いや、穂高なら笑うか」
「しないよ!?」
「必死すぎ。……いつも通りで大丈夫ってこと。取り繕わないといけない相手なら、付き合っても無駄。違う?」
「うっ……正論だ……。……でもね、それでも、好きなんだよ」
「知ってる。おまえが必死なのは、十分。……だから、いつも通りを頑張れ」
「……うん。いつも、ありがとね」
「別に。ケーキ追加してもいい?」
「どうぞ!」
そしてまたデートの服と、クッキーを作るかチョコを作るかを真剣な顔で悩み始めたこいつを眺めながら、ジュースを啜る。
これが「恋する女の子」というやつなのだろう。そんなことを思う。この類の視線は向けられてたことがあるから、なんとなく理解はしていた。
正直どうでもいいのだが、オレの容姿を見て、遠巻きに見つめてくる存在があることは知っていたから、そういうもんなんだな、とは思っていた。でもそれは外見だけ見て、きゃーきゃー言ってるだけ。実際にはオレの言動を見て、引いていく奴が大半だった。……引いていくだけならいいけど、泣いて、こそこそあとでオレについてやいのやいの言う奴らもいたから、めんどくせーなとずっと思っていた。
でもこいつは違う。
穂高を知って、いいところも悪いところも見て、その上で好きだと言うのだ。好きになって欲しいと願うのだ。そのために、真剣になるし、バカみたいなことで悩むし、もだもだとする。
——いいな、と思う。
こいつに想われる穂高は幸せな奴だ。この恋が成就しても、しなくても、真剣に想われた事実がある。オレにはどっちも大事だから、出来れば不幸な結果にならないといいな、と思うけれど、それは第三者の意見。オレには口出しの出来ない領域だ。
真剣な顔でスマホを眺める、こいつを見つめる。

「ああ、好きだなあ」と不毛なことを思った。

誰かを真剣に想う、こいつが好きだった。——穂高を真剣に想う、こいつの顔に惚れてしまったのだ。
出会った当初は「変な奴」くらいの認識だったのに。……こんなにも、他の誰かのことを真剣に想えるまっすぐさに、目を奪われて、……気づけばもう後戻りができないところにいた。
そう、もう遅い。本当に、遅かった。
オレの恋は、失恋から始まっていた。
でもそれでよかった。オレは真剣に誰かのことを想えるこいつを好きになったのだから。
本当は、どちらも嫌いになれないこの場所は苦しくて仕方がなかったけれど、オレは「適当な相談役」を装ってこの場所に居続ける。
「……成就させなよ。オレがこーやって聞いてるんだから」
「うん。がんばる。……でもそう思うなら、もうちょっとね、情報をね?」
「んー、知ってることならいーけど、おまえ知らないことばっか聞くし」
「相談相手間違えたかなあ……」
「それ三回目」
「嘘嘘。本当にね、感謝してるんだよ、日立くん。いつもありがとね」
「そー思うなら、頑張ってよ。……ちゃんと、願ってんだからさ」

いつか来る「終わりの時」に怯えながら、それでも「幸せな結末」を祈っていたのに。
……なんでだろう。何故、こんなことになったのだろう。
雨の中、傘もささずに歩いていたこいつは、オレに気づいて、ぐしゃぐしゃな顔して、それでも笑ったのだ。

「ふられちゃった」
「……え」
こいつの魅力に気がつけば、穂高だって靡くに違いない。そう思っていたのはオレだけで、実際には穂高の気持ちは、こいつに向いていなかったのだ。
気を持たせることをさせなかった穂高はいいやつだと思ったけれど、ずっとこいつの気持ちを聞いてきた身としては、死にたくなりそうな気持ちだった。
「……好きだったの」
ぐしゃぐしゃな顔で、絞り出すように言うこいつに、オレはなんて返せばよかったんだろう。いっそ相談役のオレを詰ってくれればよかったのに、こいつはそうはしなかった。
「本当に、好きで」
「……知ってる」
「知らないでしょ! だって、だって」
「知ってるよ。……好きな奴のことだから。ずっと見てきたんだから。……知ってる」
——オレは、すごく、ひどくて、ずるい奴だ。
——オレは、穂高にはなれない。
でも、放っておけなかった。だって、好きだから。好きな奴だから、こんなに泣いているのをオレは放置なんてできなかったんだ。
抱きしめようと回しかけた手を止めて、息を吐いた。
目を丸くして、オレを見つめるこいつに、オレは自嘲を含めた笑みを浮かべた。
「好きだよ。……じゃなかったら、あんなにも付き合わない」
「うそ」
「ほんと。……だからさ。お試し期間ってことで、付き合わない?」
弱みに付け込む最低な奴だと分かっている。
でも、泣いてくれるなよ。
そんな風に苦しそうに泣くなよ。

オレは、穂高にはなれないけれど、多分世界で一番おまえのことが好きだから。
だから、泣いたおまえを抱きしめる権利を。
どうか、オレにください。

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