Stellar Calendar

★星空の下で★

人の気配がなくなったドーム内で、使った設備の後片付けをする。
プラネタリウムを訪れる人たちは、上映前も上映後もうるさく騒ぐことがないというのが俺の印象だ。
だというのに、誰もいないドームシアターはやけに静かに感じた。俺の吐息すら大きく響き渡るのではないかと思うぐらい。
「………………」
指さし確認で最終チェックをして、俺は小さく息をつく。
予想通り大きく思える吐息の音は、まるで万感の想いを込めて吐きだしたように思えて少しだけ恥ずかしくなった。
(さて――)
時間を確認するために、時計をしている方の腕を持ち上げた時だった。
ドームの重い扉が開く音がする。
振り返ると、俺にこの仕事を紹介してくれた梅見教授が革靴の音を響かせながら入ってくるところだった。
「やあ。まだ残っていてよかったよ」
梅見教授は、厚いカーペットが敷かれた階段を泰然と下りながら俺のいる音響ブースへとやってくる。
「もう帰るところでした」
「だとしたら、間一髪だったな」
俺の前まで歩み寄ると、梅見教授はコホンと大仰に咳払いをした。それから、その威圧感のある強面をにっこりほころばせる。
「お誕生日、おめでとう」
「覚えていてくださったんですか」
「忘れたくても忘れられないような印象的な日に生まれていて、何を言う」
俺の言葉に、梅見教授は顔をしかめた。
学生たちを震え上がらせているであろう形相。けれど、拗ねたような口調とのギャップがかえって可愛らしく見えて、思わず吹き出してしまう。
「恩師に対してひどい態度だ」
「いいえ、感謝していますよ。こうして帰国の度に仕事も斡旋していただいて」
「――嫌味に聞こえるぞ。だいたい、君の評判がすこぶるいいのも原因だ。ここの館長から『彼はまだ帰ってきてないのか』と毎度催促される。開館イベントの解説で一定のファンがついたらしい」
「光栄ですね」
「思ってもないことを口にするな」
軽口をたたき合い、梅見教授と微笑み合う。かなり権威のある人だし、厳しいと評判の教授だけれど、その実、情に深く、1度気にかけた相手はとことん世話をするお人好しでもある。
幸運なことに学生時代に彼に出会った俺は、何かと気にかけてもらっていた。今では、軽口を通り越して憎まれ口をたたき合うことすらある。
「――しかし、意外な才能だったな」
梅見教授は俺から視線を逸らし、ドームシアターの天井を見上げる。
「君はひとりで研究に没頭するタイプだったから、こんなにもうまく解説員なんていう先生役をこなすとは思わなかったよ」
「なら、どうして最初にこの仕事を俺にもってきたんです?」
「君は星だけではなく、星座にまつわる話にも精通していたからな」
「……ああ、なるほど」
納得して、俺もドームシアターの天井を見上げ、先ほどまでそこに投影されていた星座を思い浮かべる。
「興味深い話が多かったので、つい追いかけてしまって」
「ほとんどギリシャ神話だろう?」
「ええ、しかも主神ゼウス絡みですね。だからこそ、興味を惹かれたのでしょう」
「――『だから』?」
梅見教授は怪訝そうな声を上げた。彼は俺の境遇を知っているからこそ、不思議に思ったのだろう。ギリシャ神話――特にゼウスは恋多き神であり、恋を優先するあまり、時に彼の妻や子どもに対して辛辣だ。
「神様ですら、愛を求めて必死なんだな――と」
天井から視線を戻すと、ちょうど視線を下げた梅見教授と目が合った。
「――君は、今、幸せか?」
射貫くようにまっすぐ目を覗き込みながら、梅見教授が尋ねてくる。
「……ええ、とても」
俺はゆっくりとうなずいた。今の家族や彼女のことを思うと、自然と笑みがこぼれる。
「――そうか」
そんな俺を見て、梅見教授も大きく息をつきながらうなずいた。
「なら、よかった。で? 今日、これから何か予定はあるのかな? ないのなら、食事にでも誘いたいところだが――」
「お気持ちだけで。誕生日なので、家族が祝ってくれるんです」
俺の言葉に、梅見教授は目を細めて何度もうなずいた。
「そうだろうな。うんうん、よかった」
誘いを断ったというのに、教授はとても嬉しそうな顔をしている。それがありがたくも照れくさい。
「あの――」
気恥ずかしさに耐えかねて口を開いた時だった。
俺のスマホが震えて着信を告げる。
ポケットから取り出すと、彼女からのメッセージが入っていた。
「うん? ご家族からかな?」
「ええ。お祝いの準備ができたから早く帰ってきてほしい、と」
「そうか、なら足止めしては申し訳ないな。早く帰ってあげなさい」
梅見教授は俺の肩をバンバンと勢いよく叩き、きびすを返す。
「――ああ、そうそう」
と、何かを思いだしたのか足を止め、梅見教授は俺を振り返る。
「そのにやけ面の惚気話は、後日、一足遅れの誕生日会を兼ねて聞かせてくれるかな?」
「……!」
梅見教授はにやっと笑う。お節介かつ聡明な彼には何もかもお見通しらしい。
「――ええ。今日のお詫びを兼ねて必ず」
うなずいて答えると、彼も満足そうにうなずいた。
幸せだと思った。
彼女が、家族が、気の置けない人が、こうして俺を気遣い、誕生日を祝ってくれる。
かつての俺に教えてあげたい。
大丈夫、君の未来は温かく輝いているよ――と。

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